図1 産官学連携における国立大学の変革
(文科省ホームページ より)
図2 「死の谷」と「ダーウィンの海」
(常盤文克:モノづくりのこころ,日経BP)
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与えられたテーマ「産学官連携」について、最
近の大学の状況も踏まえて話したいと思う。それぞれの競争分野で、単独でやっていたのでは進ま
ないという社会的流れがあり、多くの分野で産学官連携が唱えられるようになってきた。国際競争、
最近の話では低炭素社会に関係するいわゆる環境技術、人材育成等をグローバルかつチームワーク
で情報交換しながら産学官連携を高めて国際競争力を身につけ、大学、企業、官庁のそれぞれの力を強めようという要求が出てきて、それに答えようとしている。
そうした流れの中で、平成16年から国立大学も法人化されたので、大学そのものも存続をかけて力をつけないといけないということになってきた。
一般的に世間からは、大学は好き勝手なことをやってきたように思われているが、少なくとも大学は「知」という知識の集積に努めてきた。それを使わない手はないということだが、いざ使おうと思うと外部との確固たるチャンネルがないということで産学官が連携してチームを作り上げて成果を上げようというのが背景にある。
文科省はホームページ(図1)の中で「変わる大学、進む産学官連携」と書いているように、いろんなメリット、特典を明記している。特に4番目にあるように「大学等へ支払った試験研究費が税額控除になる」ことや柔軟な人事制度を採用ということでいろんな人が大学に入れるようになった。特定教授や客員教授など様々な形で、産や官の人が大学に来られて講義をされたり一緒に研究したりするといった状況になっている。
知的財産権についても以前は非常に硬直化していたが、今はフレキシブルに対応できるような形になっている。文科省もいろいろルールを見直しており、最近は大学発ベンチャー企業も出てくるようになった。
こういう話をすると見た目には非常に良くなったなあという気がするが、背景には、文科省が大学につぎ込む金を削りたいという思いがある。運営費交付金が文科省(国)から国立大学法人に支給されているが、その額は毎年1%ずつカットというのが財務省と総務省の規定で決められている。1%ずつカットというのは非常に大きい話で、例えば京都大学で年間の交付金が約1,100億円程度で、1%減となると毎年10億円程度が削られるということになる。すなわち、普通に日常的に使うお金が毎年1%ずつ消えていくことになる。これが複利で効いてくる。全国で数えると毎年百億円単位のお金が減っていくということになり、小さい大学だと毎年1つずつなくなっていくというような状況であり、予算減の影響は甚大である。それをカバーするために各大学とも知的財産、大学の知恵力を利用して稼がなければならないという状況になっている。
国立大学法人化に伴い、各大学が大学運営に関する中期目標・計画を策定しているが、中期計画の第一期がこの平成21年度で終わり、大学の評価が行われることになる。大学の評価のランクに従って来年度から始まる第二期の中期目標・計画の予算が決められる。評価が良くないと今までの予算から、例えば5%カットされるとか、たとえ優であっても、数%くらいしか増えないとか話は飛び交っている。いずれにせよ今後もこういった評価を受けながら、大学は運営をしていくということになる。
そういう状況の中で産学官連携について、知的財産を含めた形で「知恵」をいかに出すかということをいろいろ検討しているが、産学官共にいまだに横並び意識が強く、様子を伺っている状態である。社会的に見ても大学の変革といっても、なかなか変わらないだろうと思われていて、様子見の状態であったが、第一期の中期目標が終わりつつある中で、大学は変わりつつある。一部の大学、特に東京大学はすごく変革し、東京大学会社といってもいいくらいであり、一人勝ちに近い状況である。大学のマーケティング力が弱いと言われていたが、東大が抜群の力を発揮しプロモーションを活発化させ、他の大学がついていけていないことになっている。関西の私立大学では立命館大学が比較的うまくやっているが、それ以外は弱いと言われている
また、大学人の「蛸つぼ化」、つまり自分の殻に閉じこもり、専門分野以外はやらないという傾向があったが、ご存じの山中教授のiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究が出てから少しずつ空気が変わってきた。生命科学の分野で山中先生にノーベル賞を取らせるにはどうしたらいいかと言う話が強く出るくらいである。つい最近益川先生と小林先生がノーベル賞を取られたが、その背景には、多くの人たちがこの二人にノーベル賞を取らすためにはどうしたらいいか、文科省に掛け合って実験施設をつくってどうやれば彼らの理論を実験的に裏打ちできるかということを20年くらい続けてきて、彼らの理論が正しいというのを証明し、ノーベル賞につなげるという非常に長期的なプランを組み上げてきた。振り返って、建設関係では、そういったお互いにサポートをする姿勢が今までほとんどなく、皆好きなように勝手にやっているだけだ。
国内の先端科学技術の分野で山中先生や益川先生、小林先生たちのようなスーパースターを育てよう、国際的に競争力のあるものをつくりあげていこうという姿勢ができつつある。これから5年間の研究プランで2,700億の補正予算が組まれており、30人を選ぶことになっている。7/1から公募が始まり、7/末まで選ぶ作業がある。残念ながら、今のところ土木系の候補はひとりも上がっていないとのことである。30人もいながら建設関係から人を出せないという力のなさを痛感する。ひとりあたり90億円以下の研究費が支給され、比較的フレキシブルな使い方をしてもよいことになっていて、自由度が高いで。5年間で90億を使ってしっかり研究をして下さいということである。さきほどの山中先生などが候補に上がっている(注:この件については平成22年3月にほぼ半額に減額され、予算配分が決定した。)
大学は基礎研究が大事だという話があるが、基礎研究から世の中のためになる、応用できると認知されるようになる段階に至るには、ものすごい数の失敗がある。一般に開発される技術プロセスを絵で表すと図2のようである。これはもともとアメリカからきたのだと思うが、常盤さんが本「モノづくりのこころ」で紹介している。図2の「死の谷」というのは、それを飛び越えないと新
製品、新しいモノができないことを示す。たとえ出来あがったとしても、いろんな進化の過程があ
ってそれが企業の発展に結びつくためには、ものすごい生存競争がある(ダーウインの海)。そういうプロセスを経て世の中に受け入れられるモノができる。これをサポートしていかないといけない。そのために必要な基盤が産学官連携である。
新たな産学官連携の取組みとして、いろんなことがなされている。教育・研究における産学官連携も始まっており、官とか民間の人材を大学にどんどん受け入れて、特任教授などの人事交流になっている。共同研究や受託研究が相当数増えており、インフラ整備等もいろんな補助金、企業からの寄付などで行われている。任天堂の山内さんの寄付で病院の建物が建ち、船井さんの寄付で桂に記念ホールが出来た。経済産業省の補助金の例もある。いずれも産学官連携の建物として大学の交付金とは別口で建てられている。
新分野創出に向けての産学官連携ということで、さきほどのiPS細胞のような新しい発見が出ると、京大も会社を起こすし、特許等を絡めて会社との連携も進んでいく。それぞれにメリット・インセンティブがあるということで、WIN/WINの関係を産学官の間でつくってお互いにメリットのある
連携を進めていきましょうと注意深くかつ積極的に取り組んでいる。まだまだ連携は十分でないと言われるが、大学が法人化される前に比べると状況は変わりつつある。
ただ欧米の一流大学との差は歴然としており、ハーバード大学などは自己資金を3兆円くらい、それも寄付金ベースで持っている。今回はリーマンショックの影響で相当な額損をしたようだが。スタンフォード大学は2兆円くらい、それぞれ自己資金で運営している。彼らは産学官連携のいろんな特許収入とか発明寄付などで資金力が強くなっている。日本の場合はなかなかそこまでいかない。今寄付で頑張っているのは東大と慶応だ。ちなみに京大は寄付金として微々たる額しか持たず、学生の奨学金に充てると1年でなくなってしまう。
日本でなかなか連携が進まない背景は、お互いに意見交換できる場がきちんとつくられていないからだ。大学から出された理論などを現場の実用に図り、種をうまく育てて花にする、木に育てる、実にするということは、産学が連携してやらないとできない。最後に大きな木に育て実を収穫するのは実務、つまり民と官の方からの合理的なサポートがないとうまくいかない。
三者が協力してこうしたサイクルを回しながら、果実を得るために、京大では2007年に連携本部をつくった(図3)。産学官連携センターを中心に知的財産、ベンチャー支援、法律的なことを取り扱っている。今のところうまくいっているのはiPS細胞研究センター関連である。仕事の中身はご存知だと思うが、物質−細胞統合システムの拠点が京大の非常に大きな組織として立ち上がり、岐阜大学や神戸大学、九州大学にも拠点の一部ができており、オール・ジャパンとしてつくりあげられている。
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