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講演会H16
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日 時:平成21年7月8日
(第113回総会時)
講 師:京都大学副学長 大西有三氏


テーマ:「産・学・官連携とその成果、および今後のあり方」

図1 産官学連携における国立大学の変革 (文科省ホームページ より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図2 「死の谷」と「ダーウィンの海」
(常盤文克:モノづくりのこころ,日経BP)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

与えられたテーマ「産学官連携」について、最 近の大学の状況も踏まえて話したいと思う。それぞれの競争分野で、単独でやっていたのでは進ま ないという社会的流れがあり、多くの分野で産学官連携が唱えられるようになってきた。国際競争、 最近の話では低炭素社会に関係するいわゆる環境技術、人材育成等をグローバルかつチームワーク で情報交換しながら産学官連携を高めて国際競争力を身につけ、大学、企業、官庁のそれぞれの力を強めようという要求が出てきて、それに答えようとしている。
そうした流れの中で、平成16年から国立大学も法人化されたので、大学そのものも存続をかけて力をつけないといけないということになってきた。 一般的に世間からは、大学は好き勝手なことをやってきたように思われているが、少なくとも大学は「知」という知識の集積に努めてきた。それを使わない手はないということだが、いざ使おうと思うと外部との確固たるチャンネルがないということで産学官が連携してチームを作り上げて成果を上げようというのが背景にある。
文科省はホームページ(図1)の中で「変わる大学、進む産学官連携」と書いているように、いろんなメリット、特典を明記している。特に4番目にあるように「大学等へ支払った試験研究費が税額控除になる」ことや柔軟な人事制度を採用ということでいろんな人が大学に入れるようになった。特定教授や客員教授など様々な形で、産や官の人が大学に来られて講義をされたり一緒に研究したりするといった状況になっている。
知的財産権についても以前は非常に硬直化していたが、今はフレキシブルに対応できるような形になっている。文科省もいろいろルールを見直しており、最近は大学発ベンチャー企業も出てくるようになった。
こういう話をすると見た目には非常に良くなったなあという気がするが、背景には、文科省が大学につぎ込む金を削りたいという思いがある。運営費交付金が文科省(国)から国立大学法人に支給されているが、その額は毎年1%ずつカットというのが財務省と総務省の規定で決められている。1%ずつカットというのは非常に大きい話で、例えば京都大学で年間の交付金が約1,100億円程度で、1%減となると毎年10億円程度が削られるということになる。すなわち、普通に日常的に使うお金が毎年1%ずつ消えていくことになる。これが複利で効いてくる。全国で数えると毎年百億円単位のお金が減っていくということになり、小さい大学だと毎年1つずつなくなっていくというような状況であり、予算減の影響は甚大である。それをカバーするために各大学とも知的財産、大学の知恵力を利用して稼がなければならないという状況になっている。
国立大学法人化に伴い、各大学が大学運営に関する中期目標・計画を策定しているが、中期計画の第一期がこの平成21年度で終わり、大学の評価が行われることになる。大学の評価のランクに従って来年度から始まる第二期の中期目標・計画の予算が決められる。評価が良くないと今までの予算から、例えば5%カットされるとか、たとえ優であっても、数%くらいしか増えないとか話は飛び交っている。いずれにせよ今後もこういった評価を受けながら、大学は運営をしていくということになる。
そういう状況の中で産学官連携について、知的財産を含めた形で「知恵」をいかに出すかということをいろいろ検討しているが、産学官共にいまだに横並び意識が強く、様子を伺っている状態である。社会的に見ても大学の変革といっても、なかなか変わらないだろうと思われていて、様子見の状態であったが、第一期の中期目標が終わりつつある中で、大学は変わりつつある。一部の大学、特に東京大学はすごく変革し、東京大学会社といってもいいくらいであり、一人勝ちに近い状況である。大学のマーケティング力が弱いと言われていたが、東大が抜群の力を発揮しプロモーションを活発化させ、他の大学がついていけていないことになっている。関西の私立大学では立命館大学が比較的うまくやっているが、それ以外は弱いと言われている
  また、大学人の「蛸つぼ化」、つまり自分の殻に閉じこもり、専門分野以外はやらないという傾向があったが、ご存じの山中教授のiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究が出てから少しずつ空気が変わってきた。生命科学の分野で山中先生にノーベル賞を取らせるにはどうしたらいいかと言う話が強く出るくらいである。つい最近益川先生と小林先生がノーベル賞を取られたが、その背景には、多くの人たちがこの二人にノーベル賞を取らすためにはどうしたらいいか、文科省に掛け合って実験施設をつくってどうやれば彼らの理論を実験的に裏打ちできるかということを20年くらい続けてきて、彼らの理論が正しいというのを証明し、ノーベル賞につなげるという非常に長期的なプランを組み上げてきた。振り返って、建設関係では、そういったお互いにサポートをする姿勢が今までほとんどなく、皆好きなように勝手にやっているだけだ。
国内の先端科学技術の分野で山中先生や益川先生、小林先生たちのようなスーパースターを育てよう、国際的に競争力のあるものをつくりあげていこうという姿勢ができつつある。これから5年間の研究プランで2,700億の補正予算が組まれており、30人を選ぶことになっている。7/1から公募が始まり、7/末まで選ぶ作業がある。残念ながら、今のところ土木系の候補はひとりも上がっていないとのことである。30人もいながら建設関係から人を出せないという力のなさを痛感する。ひとりあたり90億円以下の研究費が支給され、比較的フレキシブルな使い方をしてもよいことになっていて、自由度が高いで。5年間で90億を使ってしっかり研究をして下さいということである。さきほどの山中先生などが候補に上がっている(注:この件については平成22年3月にほぼ半額に減額され、予算配分が決定した。)
大学は基礎研究が大事だという話があるが、基礎研究から世の中のためになる、応用できると認知されるようになる段階に至るには、ものすごい数の失敗がある。一般に開発される技術プロセスを絵で表すと図2のようである。これはもともとアメリカからきたのだと思うが、常盤さんが本「モノづくりのこころ」で紹介している。図2の「死の谷」というのは、それを飛び越えないと新
製品、新しいモノができないことを示す。たとえ出来あがったとしても、いろんな進化の過程があ
ってそれが企業の発展に結びつくためには、ものすごい生存競争がある(ダーウインの海)。そういうプロセスを経て世の中に受け入れられるモノができる。これをサポートしていかないといけない。そのために必要な基盤が産学官連携である。
新たな産学官連携の取組みとして、いろんなことがなされている。教育・研究における産学官連携も始まっており、官とか民間の人材を大学にどんどん受け入れて、特任教授などの人事交流になっている。共同研究や受託研究が相当数増えており、インフラ整備等もいろんな補助金、企業からの寄付などで行われている。任天堂の山内さんの寄付で病院の建物が建ち、船井さんの寄付で桂に記念ホールが出来た。経済産業省の補助金の例もある。いずれも産学官連携の建物として大学の交付金とは別口で建てられている。
  新分野創出に向けての産学官連携ということで、さきほどのiPS細胞のような新しい発見が出ると、京大も会社を起こすし、特許等を絡めて会社との連携も進んでいく。それぞれにメリット・インセンティブがあるということで、WIN/WINの関係を産学官の間でつくってお互いにメリットのある
連携を進めていきましょうと注意深くかつ積極的に取り組んでいる。まだまだ連携は十分でないと言われるが、大学が法人化される前に比べると状況は変わりつつある。
ただ欧米の一流大学との差は歴然としており、ハーバード大学などは自己資金を3兆円くらい、それも寄付金ベースで持っている。今回はリーマンショックの影響で相当な額損をしたようだが。スタンフォード大学は2兆円くらい、それぞれ自己資金で運営している。彼らは産学官連携のいろんな特許収入とか発明寄付などで資金力が強くなっている。日本の場合はなかなかそこまでいかない。今寄付で頑張っているのは東大と慶応だ。ちなみに京大は寄付金として微々たる額しか持たず、学生の奨学金に充てると1年でなくなってしまう。
日本でなかなか連携が進まない背景は、お互いに意見交換できる場がきちんとつくられていないからだ。大学から出された理論などを現場の実用に図り、種をうまく育てて花にする、木に育てる、実にするということは、産学が連携してやらないとできない。最後に大きな木に育て実を収穫するのは実務、つまり民と官の方からの合理的なサポートがないとうまくいかない。
三者が協力してこうしたサイクルを回しながら、果実を得るために、京大では2007年に連携本部をつくった(図3)。産学官連携センターを中心に知的財産、ベンチャー支援、法律的なことを取り扱っている。今のところうまくいっているのはiPS細胞研究センター関連である。仕事の中身はご存知だと思うが、物質−細胞統合システムの拠点が京大の非常に大きな組織として立ち上がり、岐阜大学や神戸大学、九州大学にも拠点の一部ができており、オール・ジャパンとしてつくりあげられている。


図3 京都大学産官学連携推進体制

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図4 建設業の利益率推移
(財務省法人企業統計年報と日経ビジネス より)

他にも、いくつかの大きなプロジェクトが進んでいる。IBMと京大、総務省の共同開発として「大規模マルチエージェント交通シミュレーションシステムの開発」ということで、複雑な車の動きをシミュレーションするという通信関係のプロジェクトが動いている。西宮市北山緑化植物園を使った実験場で、インターネットを使ったネットワークで全世界のいろんな情報、植物の生育状況を把握、コントロール、データ整理をやっていこうというプロジェクトもある。現在は、タイ、ベトナム等の東南アジアの国々に使われて日本の総務省に送り返し、三重大学が中心的にデータを収集整理している。こういうフィールドサーバを産学官連携でつくって、シャープや松下の機器を使
ってモニタリングし、特に関西の企業が共同で作業を進めている。
建設分野としては、少子高齢化社会でこれから人口減少していくと言われる中で、国際化、インフラ施設の維持管理が中心的な課題となるだろう。モノを造る社会からモノを使う社会へ変化するとなると、今までの人材育成の形を変えていかないといけない。「MOT」(マネージメント・オブ・テクノロジー)というものに対応していかないと十分な社会基盤技術が成り立たなくなる。新しい社会のあり方についてはどのように考えていけばよいかということを常に議論していかなければならない。健康都市、ユビキタスなどと建設分野がどう関わって新しいビジョンをつくりあげていくか。そのベースは技術者としての誇り、こういう技術を持って、使命感を持って、こういう形で仕事に関わっていくのだというものがないといけない。
ちなみに、現在の大学工学部の中で元気のないのは、電気と土木と言われている。電気は液晶テレビなどコモディティ化した売れ筋商品で国際競争に負け続けている。作っても作っても赤字という現実が学生の間で厭戦気分として広まっている。それに続いているのが建設関係。建築は、安藤忠夫さんのようなデザイナーになれると皆夢を描いていて入ってくるが、卒業時には現実を知ることになる。土木では今のところ、スーパースターになれるような人をなかなか出せていない上、土木からのメッセージやビジョンといったものがマスコミにも載らないので、学生がどういう方向に進んでいこうかと悩んでいる状況ではないかと思う。
大学で建設分野は、個別には非常によくやっているが、組織的という形の横の連携がなかなかうまくいっていない。競争的資金応募も一人では通らない。今はチームを作っていろいろな分野の人と協力しないと競争していけない。そういうことを十分理解されていない先生方が多いので、組織的な対応することが非常に遅れている。総力戦ですべきところを土木はまだ単騎戦でやっている。国が出している2,700億の研究費においても、各大学の土木がいくつか出したが全滅である。大学全体を動かしてというところにまで至っていない。
一方、土木系活性化の一つの方策として国際化、すなわち国際人材を育てようということが大きな柱になりつつある。先日G30(ジー・サーティ)というプロジェクトが国から示された。これ
は留学生を30万人に増やすというプロジェクトである。その一環として国際的に通じる教育をするため、大学側に英語で講義ができる組織をつくるように提案が求められ、13の大学が選択された。関西では京大と立命と同志社と阪大の4つが選ばれた。国際的に通用する人を国際的に引っ張ってきて日本で教育し、日本あるいは世界で仕事をしてもらう。そういう国際的に通用する人材を育て社会に貢献する。その仮定で土木の存在感を示すことが出来るだろうか、模索が続く。
他にも、循環型社会づくりへの対応ということで、京大では医学部保健学科と土木系が連携をしながら、高齢化社会ではどういう街づくりをしていけばいいのか、健康都市とは何か、例えばどこにAEDを配置するか、またどのように病院や建物を配置していけばよいか、防災はどう考えるか、暮らしやすい街とは?というような話をしつつ、新しいまちづくり等も考えていきましょうと斬新な提案を検討している。(注:このプロジェクトは、「安寧の都市ユニット」として文科省の予算が配分され、平成22年4月より始動)
欧米でも土木系はいろいろと模索している。この人はMIT(マサチューセッツ工科大学)の土質専門の教授だが、今はセンサーも開発している。シンガポールから環境影響評価のプロジェクトをMITが受け、彼らを中心としたチームがシンガポールに出向いてリサーチと実務をやっている。年間何百億という予算の基で、インフラ整備や環境をモニタリングしている。その一部でセンサーをつくって、都市内の車の動きや騒音や土質・水質の変化などいろいろなものをモニターし、企業と組んで海外進出している。
関西でも最近、地元経済の活性化ということで経済産業局が「経済再生拠点化計画」という本を出した。関西発ということで、この中に47項目あり土木系の話もチラチラ入っている。こういうものを産学官連携で後押ししながら関西の復権につなげよういうアクションプランである。関西は東京に比べると情報量がぜんぜん違う。関西でやっても東京では取り上げてもらえないということが多いので、関西発の面白い情報を出すということが大事だ。又、関西の人はフットワークが軽く、いろいろなことに興味を持ってやっていけるところ(野次馬根性)がある。よそでやっていない、特に東京でやっていないようなことを取り上げたいと思っている。そして人との結びつきが強いということが関西の強みであると思う。
土木系で何かできないかということで5年前に「新都市社会技術融合創造研究会」というものを発足させた。これは、近畿地整の道路部のサポートを得てお互いに関心のあるテーマを設定し、スムーズな協力体制、産学官連携でやっていきましょうということで実施している。委員会、産学官のプロジェクトチーム、そして外部専門機関の評価といったものを組み合わせて運営している。現在は13のプロジェクトが進行しており、それぞれに国交省の各部署がついているのと産のいろんなチームが入ってくる、大学のいろんなグループが入ってくるなどして、1テーマあたり2〜3年間一緒に研究・開発を進めていく状況になっている。
こう取組みを進めながら、ひとつのビジョンをつくっていかなければならないと思う。「土木・
建築の建設分野で夢を!」ということで、どういう形で実現していくかというのは非常に大きな課
題である。異分野との交流、新しい分野への進出、海外への展開などが考えられるビジョンの柱であると思う。新しい分野への進出というのは難しいが、先ほどの健康都市とか高齢化社会などをにらんで何かできないかと思っている。
異分野との交流というのは、先ほどの「新都市社会技術融合創造研究会」の中でもいろいろ考えられた。そこで感じたのは現場力の大事さである。現場力を発揮するのは人間である。人間のパワー、特に若い人のパワーが落ちている。これを何とかしなければならない。こういう研究をやる中で若い人たちにできるだけ入ってもらい、実際の現場で経験を積んでもらう。特に国交省の事務所などでいろいろ経験してもらった中で現場力を磨こうというねらいがある。近年、建設業は利益率が落ちてきている(図4)。利益率にこんなに差ができている。これを若い人たちが何とか盛り返してくれることを望んでいる。
異分野との協調という話をしたが、センサーとかソフトウエア、主に計測や測量系であるが、そういうところの会社と三菱や日立のようないくつかの電機会社が一緒に作り上げた一つの例が三次元空間計測システムである。これは国交省の委員会の中で作り上げたものであるが、三次元的な絵と測量結果をかなり詳しく簡単に見られる。レーザースキャニングというのが一般的になってきたので、それらを使って形状をデータとして整えていく。このシステムはレーザースキャニングと航空写真を組み合わせて、三次元の立体図を作り、その中に詳しい座標を盛り込んでおくと、GPSと連動させて流量計測とか斜面の状況が把握できるので、災害時でも迅速な対策が打てる。まだまだ改良は必要であるが、基本的なところはできている。この図は災害時の予測ということで、三次元の地形図をベースにどの地域が豪雨時、地震時等に不安定な斜面かということをあらかじめセットしておいて、その時々に対応していくというものの例示である。携帯電話のカメラで被害状況を写真に撮って国交省管理事務所に送ると、カメラ情報等を重ね合わせて立体的に表示され、即座に被害状況がどれくらいかということが理解される。
何人かのグループはセンサーの開発に力を注ぎ、できるだけ安く、小さく、安定的に使いやすくするために、異分野交流に精を出している。例としてオリンパスがつくっている胃カメラがあり、カプセル状のものを飲み込んでしばらくすると体内から電波を発するので、それを受信すれば胃や腸の中の画像が得られる。先週だったか、ある大学でこれに尾ヒレを付けて胃や腸で泳がすということを試みて成功していた。そのうち体中でいろんな機械が動き回るということも出てくるかもしれない。このように、マイクロエンジニアリングという機械系の分野の発展は急速で、様々な技術が開発されつつある。土木本来の技術開発もさることながら、我々はこうした異分野の成果を素早く取り入れ、直面する問題の解決にいかにうまく使うかということを考えていかなければならない。
 


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